モットー

もの作りのモットー

モノを創る事においてどう創りたいかで、仕上がりが変わる。当たり前のことであるが、これは作り手の考え方が最も反映される事実である。クライアント云々の趣向を考えて創るのがBESPOKEであるが、作り方というのは職人の手にゆだねられる。私どもの考える作り方は、着心地、履き心地は柔らかく、しっかり頑丈にしなければいけない所は頑丈に、柔らかく巻く所は巻くように、ホールドするところはしっかりホールドする、細かく縫うところは細かく縫う、といったように適材適所の作り込みを考える。結果、そのもの自体が柔らかでいて構築された存在感を放つ。

柔らかさとは、着心地や履き心地そして見た目に丸みを感じる。これは、より立体的構造に作り込む事により、直線が直線でなく曲線が曲線でない状況を生み出す。いわゆる目の錯覚の効果を利用しているのだが、人の身体は丸い。丸いモノを包み込むとき直線では、空間が生じる。この空間が、余裕として生じるのか、余分として生じるのかで、モノの出来上がりの結果に雲泥の差が出る。余裕として生じた場合、必要な空間であることは分かってもらえるだろう。スーツ、シューズ、シャツ、にはこの余裕が必要不可欠である。スーツ、シャツの着用時に手を挙げる動作、シューズを履いたときに足をあおる瞬間、ここに余裕がなければどうなるだろうか?結果、違和感、嫌悪感を抱く。いわゆる、履きにくい着にくい動きにくいということになる。この空間の余裕をどこに入れるかが要である。この要を理解できるか出来ないかで、もの作りの良さが変わる。私どものもの作りは、動の作りである。すなわち、着用、使用して初めて真価を発揮する。的確な余裕の入れ方、塩梅を知ることで、動作や構築されたシルエット、デザインを損なわないものが、創り出される。あと数mmという世界が、着用感を完全に支配するのである。

もう一つ必要な柔らかさがある。それは、生地を縫う時においての糸のテンション(引っ張り具合)である。生地というのは、様々な厚み、糸の形成、織組織と極めて複雑な顔を持つ。ちょっとした力加減で、つれてしまったり、引っ張られたりする。例えば、ラペル(下衿)の八刺しを入れるときに細かくそして柔らかくかがる。このときに、力の加減の塩梅を間違うと、ラペルのロールが均等にいかず、引き加減がきついところで芯が引っ張られる。逆に、緩いと、ロールの力が弱くなる。結果、身返し据えの後、両者とも表地とのなじみが悪くアイロンで無理矢理殺していく事になる。細かく八刺しを入れると前に述べたようなリスクが伴う。しかし、細かく入れる方が、より立体的な丸みを帯びる。丸を直線のみで描く時に、八角形より、十六角形の方が描きやすいのと原理は一緒である。角が多ければ多いほど点と点の距離が短いのであるから、丸に近づくのである。本縫いをする際は、実際は、細かければ細かい程丁寧であるし、きっちり縫える。しかし、力加減を間違い、きつく縫えば硬くなるし、縮む、緩すぎれば縫ってる意味がなくなる。服地をスーツに仕上げていくには様々な行程があるが、縫いに関しては、ただ縫えば良いのではない、要所要所の力の塩梅により、美しいラペルの返り、シェイプが創られていくのである。地縫い(ミシン)に関しても同じである。生地の特徴を把握し糸のテンションを合わす。そして、地縫いの際に、生地を少し引っ張り生地の収縮(気候、湿気、雨、晴れで生地は変化するから)を考えて縫うと、生地自体に運動量が生まれる。結果、変化に対応したスーツが出来上がるのである。

モノの良さとは、着心地、履き心地、作り方が丁寧という事だけではない。先に述べた,三つは、着たり履いたり、説明を受けてはじめてわかることであり、一番最初に飛び込んでくるのはエレガント、ダンディー、セクシーと言ったヴィジュアルやシルエット。細かなディテールは個々の好みもあるが、魅了されるデザインはある。上着では、美しい衿のロール、シェイプの利いたウエスト、ビルドアップされた胸や肩、高いゴージラインとウエスト、程良いスリーブの細さ、パンツは、程良く浅い股上、大きすぎず小さすぎない上に向いたヒップ、腿から膝そして裾にかけての美しい足のライン。靴では、ロングノーズのシルエット、シャープなつま先、極限まで削り込まれたコバ、踏まずのくびれ、均整の取れた小さな踵。いわゆる、歴代のスーパーカーを思わすスタイルである。多くの方々は、均整の取れた美しいスタイルにあこがれを抱き、手に入れることを望む。

では、そのヴィジュアルやシルエットはどのようにして作られていくのか? 着心地や履き心地は、解釈を間違って欲しくないが、あくまでエレガントでシャープ、セクシー、ダンディーその全ての要素を含み、動きの邪魔をしない心地なのである。動きの邪魔をする、スーツ、シャツ、シューズでは、もちろんながらエレガント、セクシー、ダンディーな要素は含まないからである! 見た目の裏側には、必ず技術の結晶が詰っており、その結晶の一つ一つが連呼し、全ての要素を兼ね添えたモノが生まれる! それを人が身にまとうのである!!!

見た目を現実とするための技術、着心地、履き心地が伴うもの作り、デメリットとされがちな、スーツのシワ、靴の履きじわ全てが、美しく意味をなしえるもの作りこそが、至高のもの作りなのである!